「災害心理」で防災力アップ ~最初に取り組むべき備え~
皆さんは「最初に取り組むべき備え」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?家具の固定、非常食の備蓄、人によって答えは十人十色かと思います。それだけ防災というものは選択肢が多く、災害に備えましょうと言われても、何から手を付ければいいか分からないという人が多いはずです。あくまで一例ではありますが、今回は「防災×ファーストステップ」をテーマに、最初に取り組むべき備えについてお話していきます。
私たちは無傷で助かる前提で防災を語りがち
私は日本全国で防災講演の仕事もしております。老若男女、さまざまな層に対して防災に関する話をして、それに応じて多くの感想や報告をもらうこともあります。その中には「家に帰って家族と話し合いました」「友人とおそろいの防災グッズを買いました」など、非常に嬉しい声もあります。しかし、その一方で、いつも気がかりになることがありました。それは「水を買って満足する人が多過ぎる」ということです。
最近はこの「水買って満足する人多過ぎ問題」について講演で話すようになったので、すっかり言われることは無くなりましたが、それまでは防災リュックを作ったら完璧、水買って満足、と言われる方をお見かけする機会が多くありました。
「講演を聞いて何かしなくてはと思い、水を買いました。良い備えになりました。ありがとうございました!」
「先日はありがとうございました! 家族分の非常食を早速買ってきて完璧です。講演のおかげです」
誤解がないようにしっかり前置きをさせてもらいますが、水も、非常食も、防災リュックも、大切な備えです。それをするだけでも、素晴らしいことだと思います。ただ、いつも疑問に思うことは、「私たちは無傷で助かる前提で防災を考え過ぎていないか」ということです。
いざ大きな災害が起きた時、その瞬間を生き延びることができなければ、水、非常食、防災リュック・・・せっかく準備した彼らの出番がやってくることはありません。そういった意味では、避難所の想定についても同じです。想定ばかりをしたところで、そもそも避難所に辿り着く前に命を落としてしまっては、今まで話し合って来たことも無駄になってしまうのです。
何度も言うように、避難所の想定自体を無駄と言っているわけではまったくありません。ただ、「災害が起きた瞬間を生き延びるための備え」がファーストステップであるべきなのではないかと思うのです。
皆さんはどうでしょうか? 無意識的にでも、意識的にでも、無傷で助かる前提でつい防災について考えてしまってはいませんか?
災害が起きた瞬間を生き延びるための備え
では、災害が起きたその瞬間を生き延びるために、私たちには何ができるでしょうか。家具の固定や高いところに物を置かない等も正解の一つですが、私からは「災害心理を知る」という防災をご紹介したいと思います。
災害心理とは、災害における人間の心理を、幅広いテーマで研究している学問です。その中でも、特に私たちが知っておくべきことは、「災害時に人はどんな行動を起こしやすいのか」という点です。
自分や家族がどんなことをしてしまう可能性があるのか。それを知っておくことで、災害が起きた瞬間に、より正しい行動を取ることができます。代表的な災害心理は、以下の通りです。いざという時のために、ぜひチェックしてみてください。
・凍り付いてしまう
災害時、人はパニックになると思いきや、凍り付いてしまう人の方が圧倒的に多いと言われています。イギリスの心理学者ジョン・リーチ氏の研究結果では、具体的な数値も発表されています。
- 落ち着いて行動する・・・・・・10~15%
- 我を失って泣き叫ぶ・・・・・・15%以下
- 呆然、当惑、フリーズする・・・・・・70~75%
このデータを見る限りでは、大半の人がじっとしてしまうようですが、実際に災害の現場から避難した人の証言で「大勢の人が凍り付いたかのような状態になり、脱出のチャンスを逃してしまっていた」というような発言をよく聞くことがあります。
現実を受け入れることができずに都合の悪い状況を無視しようとする人間の性質にも原因はありますが、「何をしたらいいか分からずに固まってしまう」というケースも多いのではないかと思います。一刻を争う瞬間におけるフリーズは命取りです。状況ごとに自分が何を最初にするべきか、こういう場合はまず頭を守る、あの場所にいた時はまず外に出る等、あらかじめその選択肢をイメージしておくことも重要になります。
・戻ってしまう
私たちは貴重品や必要なものを取りに、つい危険な場所に戻ってしまう行動を取りやすいと言われています。特に津波や風水害の際に多く見受けられ、東日本大震災の時にも、「ものを取りに戻って、帰って来なかった人がいた」と、生き抜いた方々が証言しています。
毛布が欲しくなっても、通帳と印鑑が気になっても、命よりも大切な貴重品はないはずです。もし、自宅が危ない場所にあるのであれば、危険な状態が回避されるまで、戻りたい気持ちをしっかりと抑えなければいけません。もちろん、周りの人間が戻ろうとしている場合は、どんな事情があろうと全力で止めなければなりません。
また、「野次馬」という言葉があるように、様子を見に行きたくなって戻ってしまう人もいます。最近では、SNSやニュースで取り上げられたくてスマホで動画を撮りに行くような人もいます。そんな好奇心で命を落としてしまう人もいることを、私たちはしっかりと心に留めておかなければいけないと思います。
・多数派同調バイアス
集団行動をしている時、私たちは周りに合わせようとする心理に陥りやすいと言われています。火災の現場でも多くの事例が残っていますが、いわゆる「みんなでいるから大丈夫」というものです。災害時、人は一人でいると、自分の判断で行動を起こします。しかし、周りに人がいればいるほど安心感を抱き、避難行動などが遅れる傾向にあります。
また、「自分だけ騒いで逃げるのは恥ずかしい」という気持ちから、その結果として、逃げるタイミングを失う場合などもあります。これは「空気を読む」という行為の一種です。この社会を渡り歩いていく上で、協調性は非常に重要なスキルだと思いますが、災害においてはそれが仇となる可能性もあるので注意が必要です。
みんながいることで知恵を出し合って危機を乗り越えることもできますが、みんながいることで危険な状況に陥る瞬間もあることを、私たちは知っておかなければなりません。
災害が起きた瞬間にみんなで強くなる
災害心理に当てはまるものはほかにもたくさんありますが、それらを知っているか、知っていないかで、助かる命、助からない命は大きく分かれていきます。例えば、「人は戻ってしまいやすい」ということをもし知っていたら、家族が一度避難したにも関わらず貴重品を取りに戻ろうとした時に強く引き留めることができます。しかし、もし知らなければ、「気を付けてね」と送り出してそれが最後の会話になってしまう場合もあるかもしれません。災害心理を知っておくことで、「あ、自分、フリーズしちゃってる! まず頭を守らなきゃ」「みんなでいるからって安心しちゃダメだ。避難できるか様子を見てみよう」といったように気付き、自分の心理や行動をリセットすることができます。
今回は、防災のファーストステップの一例をお話しました。災害心理を知っておくことは、一人一人の防災力に直結しますし、それを周りに共有することで、家族や地域、コミュニティーにおける災害に対する強さは格段に上がります。「災害が起きた瞬間を生き延びるための備え」として、ぜひ周りの人と共有しながら、一つでも多く自分の中に蓄積していってもらえたらと思います。
著者プロフィール
小川光一(おがわこういち)
1987年東京生まれ。作家、映画監督。
国内外を問わず、防災教育や国際支援を中心に活動。日本唯一の「映画を作ることができる防災専門家」として、全47都道府県で講演実績がある。2016年に執筆した防災対策本『いつ大災害が起きても家族で生き延びる』は日本・韓国の二カ国にて出版されている。日本防災士機構認定防災士/認定NPO法人 桜ライン311理事ほか。現在、著書「太陽のパトロール~親子で一緒に考える防災児童文学~」が発売中。